第五回 意思伝達装置の導入について

はじめに

今回は、意思伝達装置についてお話しします.とはいっても、装置の種類や操作方法は、インターネットで「意思伝達装置」で検索していただくと、もの凄い量の情報を得ることができますし、皆さん方もパソコン関係については詳しいと思います.しかも、宮城県には意思伝達装置の「神様」坂爪新一先生という方がおられます.頼もしいかぎりです.ということで、具体的な装置の説明は控えさせていただいて、今回は、わたくし(編注:仙台医療センター附属リハビリテーション学院 作業療法士 吉田 前氏)の意思伝達装置「導入」の経験をお話しをさせてもらいます.

忍耐強い精神

わたくしは仙台に来るまで、北海道の旭川市(旭山動物園で有名ですね.その動物園のアザラシ館に私の描いたアザラシの絵が展示されていますよー) で難病の患者さんの作業療法の訓練をしてきました.そこでは、病室で患者さんの毎日使用する、機器やスイッチなどの改造、改良もしてきました.意思伝達装置のパソコンのスイッチなどの改造も経験してきました.が、パソコンのハード面にはからっきし無知なので(いまだに)、ハード面は業者さん(北海道では、「北海道難病連」という、難病の方々の補装具から制度までに至るまで、とっても詳しい頼りになる法人があります)にほとんどまかっせきりで、パソコンの機能が増えるたびに「おー!」、「なるほどねー」、「すんごいねー」なんて、患者さんと一緒に感動しているばかりでした.そこで毎回感じることは、ALSの方々は、意志がはっきりしていて、本人が満足して「OK!」がでるまで何回でもチャレンジするということに感心してました.数ミリのズレでも使いにくかったらダメだしが返ってきます.ALSの患者さんは自分の使いやすいように好きなように設置や設定ができないので、神経質的になるのは当たり前です.改良者も使いやすくなるまで何度でも調整するという態度が必要です.ということでALSの方々は、妥協して(気を遣って?)やっぱり使えんかったわとか、パソコンが病室のオブジェになっているということがあんまりありませんでした.

導入の失敗経験

パソコンを使って意志を、気持ちを伝えるということに、最初は大抵の患者さんは抵抗を覚えます.それは、パソコンを使ってみますか、と言った瞬間の顔の表情や返事が暗くなったり硬直することですぐに分かります.当然のことですが、言葉でなく機械を介して会話するなんてまさか!という気持ちになるのは当たり前です.でも、大抵の患者さんはやってみると、なかなか良いもんじゃないか、と感じてくれて表情も明るくなります.そんな中でも導入してからの、失敗体験としてはたくさんたくさんあります.大きな失敗のひとつは、装置の操作の仕方がはっきりしないまま指導したことです.新しい機器を患者さんが購入したので、ベッドサイドにおいて、さあ、やるか!とふたりで意気込んだのは良いのですが、説明書もみないまま取り組んだため、とっても時間がかかり患者さんに呆れられたことがありました.操作前には事前のチェックは十分にしましょう.信用第一ですね.別な件では、わたくし自身、機器の改良に疲れ果てて「これでいいんじゃないですか」、と言ってしまったことがあります.患者さんは少しでも過ごしやすい生活環境を期待しているのに、わたくしの方が妥協してしまったという、とっても情けない、いやーな療法士になってしまいました.改良者の忍耐強さが必要です.その他、設置したあとのメンテナンスをおこたったこと、患者さんのあきらめに果敢に努力して使いこなせられなかったこと、などなど思い返せば恥ずかしいやら、悔いが残ることやらでいっぱいです.

導入にとって大切なこと

ALSの方は顔の筋力低下によって表情が出しにくいので、何をしてもらいたいかすぐわかる工夫(一番よろしいのは♪目と目で通じ合う♪、といことでしょうが.付き合いの短い人や意思伝達の受信能力の弱い人は「目」では難しいようですね)も必要です.それには、スイッチ一つで意思表示ができる、操作しやすいスイッチなど、「簡単な」ということが必要条件です.と、書くこと自体も簡単ですが、それには何日もの患者さんとの忍耐強い話し合い(これがかなり時間がかかるのです)と何十回という機器の改良が必要です.そして、たとえ上手くいっても、決して改良に携わった者の自己満足で終わってしまってはいけません.身体の機能低下ですぐに操作が難しくなるし、日々の姿勢の変化や体位の違いで、操作ができたりできなかったりすることもあるので、そのあとのフォローやメンテナンスもとっても必要です.

意思伝達装置をうまく使いこなせる患者さんというのは、機器に詳しいとか、根気があるとか、体力があるとか、残存機能がたくさんあることも重要な要素ですが、周囲の方々の忍耐と努力と協力、それに愛情も不可欠だと思っています.機器に詳しくても、根気があっても、体力があっても、気持ちを伝えたい人、誉めてくれる人、励ましてくれる人、愛を与えてくれる人が必要です.とにもかくにも、ALSの方々は忍耐強いですので、それに付いて行くような姿勢が大切ですね.それに加え、根気強い操作の指導も必要です.

自分の内面を見つめるとか、過去を振り返る、という誰でもが持ちうる自閉的な気持ちも大切にしていただきたいと思っています.それは、パソコンを通じて、将来のことについての想いや日頃の気持ちを文章で残したい、日記をつけたい、というかたちで難病の患者さんによく見られます.ところが、病室での患者さんがパソコンを操作していると、看護師さんや掃除のおばさんに遠慮もなく「なにやってんのぉー?」ってパソコン画面をのぞかれて、やる気をなくしたという難病の方も数多くおりました.すぐに画面を切り替えるという操作ができればいいのですが、むやみにのぞき込むのは止めてほしいものです.意思伝達装置はまさにその人の「心」ですから.

導入して使いこなせるまでに大切なのは、本人のモチベーションの持ち方と、使いやすいと感じてもらえること、楽しいと感じること、周りの人の忍耐、時によりプライバシーの確保が必要です.

最近の動向

これから意思伝達装置を導入しようとしている方は、パソコン本体自体は補装具として、自治体に申請できるようになりました.これは、各市町村(編注:仙台市ならこちら)に聞いてみましょう. 自分で好きな機種を買って、自分で使いやすいように組み立てるというのも選択肢の一つです.また、進行に応じて、あるいは先を見越した使いやすいスイッチを選ぶことも大切です.スイッチといっても市販されているものは高価なものばかりで、ちょっと手が出せない感じですよね.使いやすく、お手軽な素材で廉価に作れるようなアイディアを作業療法士はたくさん持っています.とはいっても、患者さんや家族の方々との話し合いでアイディアも生まれてくるんですけどね.家族の方々のアイディアや観察力にはとってもかないません.例えば、機能が低下してきて動くところが少なくなってきても、「足の親指は動きますよ」とか「頸を右側にちょっと動かすことができるんですよ」など日頃見つけることのできなかった動きを教えてもらって、スイッチを考えることができるということが、多くありました.一番わたくしの自信作は、額にできるしわで操作できるスイッチを作ったことでした.センサーを使わないで、最初から最後まで手作りでした.でも、二度と作れないでしょう.まず困ったら知り合いの作業療法士に相談してみてください.それから、脳波や脳血流で反応するスイッチも、最近は操作しやすいように開発されているそうです.

パソコンの世代は変わっても

ワープロ程度にしかパソコンを使いこなせなくて、最新のパソコンの情報についても疎い患者さんやその周囲の方は、意思伝達装置など使うなどとんでもない、なんて思うかもしれません.でも、自分の周りを見渡すと、あの人もこの人もパソコン通(オタクだったのというひともいるかも)だった、ということに気づかされることがあります.一人でできなければ、人を使いましょう.それも「意思伝達」の足がかりです.現在、パソコンが月単位でどんどん開発されていますが、意思伝達の基本はどの「世代」でも同じだと思っています.人と人とのつながりが一番大切なのです.身体は動かなくとも、意志を伝えようと頑張っているALSの方の気持ちを分かるには、何十人ときには百人以上の協力が必要です.一人の患者さんがもたらす人と人との巡り合わせというものには、計り知れないものがあります.わたくしもALSの患者さんによって、いろんな方々と知り合うことができました.とっても感謝の気持ちでいっぱいです.これからも作業療法士という立場ばかりではなく、ALSの方々の「個性」を生かしていけるよう、個性のある個人としても協力していきたいと思っています.


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